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Janne Scafferについての新しいドキュメンタリー

Janne Scafferについての新しいドキュメンタリーが出ました。彼からのメッセージの翻訳です。

やあ、みんな。まず最初に自身に基づいく私のポートレートを作ってくれたJarleと、番組を放送してくれたSweden Televisionに感謝の意を述べさせてください。結局、このプロジェクトは始めて以来、どんどん大きくなりました。このプロジェクトは成功だと思いますが、もちろん、最終的にドキュメンタリーの中に入らなかったものもあります。ですから、いくつか明確にさせてください。1つめは、私は自分がABBAの楽曲に参加できたことを本当にとても誇りに思っています。その分野の専門家であるカール・マグナス・パームによると、結局全部で約50曲にのぼるそうです。ビヨルンとベニーは作詞作曲に関しては天才であるのに対し、アグネタとフリーダはワールドクラスの歌手です。レコーディングは信じられないほどに楽しいものでした。ポジティブな雰囲気とクリエイティブな環境がありました。また、ビヨルンが番組に出演してくれたことには本当に感謝しています。私がABBAと一緒にツアーをしなかったことにはいくつかの理由がありました。1973年に私は初めて自分の楽曲がゴールドディスクになり、6週間に渡り全チャートのトップを飾りました。一緒に演奏したことのあるアーティストたちは多くいましたが、そのほとんどのアーティストたちより多く売り上げました。私にとっては予期せぬ嬉しい出来事であり、可能である限りスタジオミュージシャンとしてのキャリアを続けていきたいと思ったのです。「恋のウォータールー」が優勝した1974年には、私はアメリカ人歌手のショーン・フィリップスと2か月の間アメリカをツアーしました。自宅に戻った2週間後に、ABBAと一緒にアメリカに戻らないかと聞かれたのですが、当時息子は1歳でした。息子ともう一度離れる勇気がなかったので、ビヨルンとベニーには、今後もレコーディングにはぜひ参加したいけど、、、という風に伝え、実際に後のレコーディングにも参加させてもらいました。それは素晴らしいギタリストLasse Welanderが加わるまでのことで、私たちは交互に参加するようになりました。
私がハリウッドでEarmealをレコーディングしている時、Ted Gärdestadがそこで英語のレコード、Blue Virgin Islesというのちにスウェーデン語でHimlen är oskyldigt blåと翻訳されました。この期間を通して、仲良くなったTedと順番にレコーディングをしました。 また、スティーブ・ポーカロが参加したがってくれたことにも感謝しています。それから、彼がロサンゼルス・シンフォニー・オーケストラを指揮し、Björn J:son Lindhのストリングアレンジにすごく感動したことは絶対に忘れることはありません。このドキュメンタリーは私の楽しい思い出がいっぱい詰まったもので、CBS Allstarsとうまくやり、かがみ込んで自分のMesa Boogieのギターアンプのボリュームを少しだけあげたりする時に感じるものは少しもありませんでした。自分のディスクの成功の後、J:sonと私はHörselmatというグループを始めました。
私はまた、この機会を利用して、このドキュメンタリーを見てくださったみんなや、7月中旬までSVT Playでご視聴していただけるので、今後見てくださる予定のみんなに感謝の意を伝えたいと思います。 これぐらいで十分かな。私は今年のMy music storyコンサートの練習をしなくてはならないので。
敬具
Janne  


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