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ABBA『ザ・ヴィジターズ』に関する5つの意外な事実

ABBAの8枚目のアルバム『ザ・ヴィジターズ』は、バンドが内側から崩れつつあった時期の姿を映し出した作品だった。

1981年11月30日にポーラー・ミュージックから発売されたこのアルバムは、それまでの華やかなヒット曲路線から一歩踏み出し、より複雑で成熟した内容へと変化している。冷戦時代の不安、孤独感、そして2組の夫婦の結婚生活の崩壊による痛みが色濃く反映されていた。

アルバムは世界各国でチャート1位を獲得し、2021年に『ヴォヤージ』が発表されるまで、実に40年間にわたってABBA最後のスタジオアルバムとなっていた。

ここでは、この名作についてあまり知られていない5つの事実を紹介する。

1. 史上初期のデジタル録音・デジタルミックス作品のひとつだった

『ザ・ヴィジターズ』は、デジタル録音およびデジタル・ミックスによって制作された最初期のアルバムのひとつである。

また、商業的に発売された初期のコンパクトディスク(CD)作品のひとつでもあった。

CDとして最初に発売された作品は、52nd Streetだったが、『ザ・ヴィジターズ』もその直後にCD化された。

つまり、このアルバムはCD時代の幕開けに位置する歴史的な作品だったのである。

2. 新しいデジタル機材がバンドを大いに悩ませた

サウンド・エンジニアの マイケル・トレトウは、ポーラー・スタジオに導入されたばかりの32トラック・デジタルレコーダーに適応しなければならなかった。

彼によると、デジタル録音はテープ特有のノイズ(ヒスノイズ)を取り除いてくれる一方で、音が「きれいすぎる」と感じられたという。

そのため、彼は音に温かみを加えるための工夫を迫られた。

さらに、アルバム最初の3曲はアナログテープで録音されていたため、それ以降の楽曲と音質を揃える必要があった。

結果として、後の楽曲はデジタルとアナログの間で何度も転送作業を行ないながら制作されたのである。

3. 2曲はメンバー自身の離婚を描いていた

レコーディングが始まった頃には、ABBAの2組の夫婦はすでに破局していた。

1981年2月には、ベニー とフリーダ が離婚を発表している。

「ホエン・オール・イズ・セッド・アンド・ダン」は、その離婚を題材にした楽曲だった。

作詞を担当した ビヨルンは、この曲を書き進める前にベニーとフリーダの了承を得ていたという。

後にフリーダは次のように振り返っている。

「私の悲しみのすべてが、あの曲の中に閉じ込められていました」。

この楽曲は、ABBAの作品の中でも特に私的で感情的な一曲となっている。

4. ジャケットでは初めてメンバーが離れて描かれた

デザイナーの Rune Söderqvist は、アルバム最後の収録曲「ライク・ア・エンジャル~夢うつろ~」から着想を得て、「天使」をテーマにしたコンセプトを考案した。

撮影場所として選ばれたのは、ストックホルムのスカンセン公園内にある画家 Julius Kronberg の旧アトリエだった。

そこには天使を描いた絵画が数多く飾られていた。

完成したジャケット写真では、4人のメンバーがそれぞれ離れた位置に立ち、影の中に配置されている。

それまでのような「仲の良いグループ」ではなく、それぞれが独立した個人として描かれており、当時のバンド全体の疲労感や距離感を象徴している。

5. ある曲は発売直前まで完成していなかった

「ワン・オブ・アス」はアルバム最大のヒット曲となったが、実はレコーディングされた最後期の楽曲のひとつだった。

制作中の仮タイトルは

  • 「Number 1」
  • 「Mio Amore」

だったという。

さらに、この曲を先行シングルとして発売する決定は非常に遅かった。

そのためスウェーデンでは、シングル盤が店頭に並んだのはアルバム発売後になってしまった。

しかし結果的に「ワン・オブ・アス」は大成功を収め、ABBAにとって最後の全英ナンバー1シングルとなったのである。

『ザ・ヴィジターズ』は、ABBAの解散前夜を記録したアルバムでありながら、音楽的にはグループ史上もっとも成熟した作品のひとつと評価されている。「ザ・デイ・ビフォア・ユー・ケイム」や「アンダー・アタック」へと続く、より内省的で大人びたABBAサウンドの出発点となった重要作でもある。

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