ABBAを長年支えたマネージャーであり親友 76歳
ABBAの活動を長年にわたり支え、4人のメンバー全員から深い信頼を寄せられていたスウェーデンの音楽マネージャー、ゴーレル・ハンザーさんが76歳で亡くなりました。
ゴーレル・ハンザーさんは2026年6月13日に死去。その訃報は、ABBAのメンバーであるアグネタ・フォルツコグ、ビヨルン・ウルヴァース、ベニー・アンダーソン、アンニ=フリード・リングスタッドの連名で発表されました。
音楽業界での歩み
ゴーレル・クリスティーナ・ハンザ―(ヨーレル・クリスティーナ・ハンセン)として1949年6月21日、スウェーデンのスコブデ近郊に生まれたハンザーさんは、1969年9月に音楽業界でのキャリアをスタートさせました。
彼女は、ABBAの育ての親として知られるスティッグ・アンダーソンが設立した音楽出版社「スウェーデン・ミュージック」とレコード会社「ポーラー・ミュージック」に入社しました。
優れた仕事ぶりはすぐに認められ、秘書から組織の中核メンバーへと昇進。1970年代初頭にはポーラー・ミュージックの副社長に就任しました。
ABBA成功の陰にいた女性
ABBAが世界的な成功を収める中で、ゴーレル・ハンザーさんはグループにとって欠かせない存在となりました。
彼女は世界中でABBAの作品を発売するレコード会社との関係を管理し、個人マネージャーとして活動。また報道対応や広報業務を担当し、ツアーやプロモーション活動にも同行しました。
その過程でアグネタ、ビヨルン、ベニー、フリーダの4人と深い友情を育み、単なるマネージャーではなく、かけがえのない親友となりました。
「ゴーレルへの歌」―ABBA史上屈指の幻のレコード
その親愛の情は、ABBA史上最も貴重なコレクターズアイテムのひとつに刻まれています。
1979年、ABBAの4人とスティッグ・アンダーソンは、ゴーレルさんの30歳の誕生日を祝うために
「ソング・ティル・ゴーレル(ゴーレルへの歌)」
を制作・録音しました。
この曲は、「オフィスのみんながゴーレルを必要としている」という内容をユーモラスに歌った愛情あふれる作品でした。
青色のレコード盤でごく少数のみが制作され、ラジオ放送も認められなかったため、現在ではABBA関連グッズの中でも最高峰の希少品として知られています。
オークションでは数千ドルもの高値で落札されることもあります。
活動停止後もABBAと共に
ABBA活動停止後も、ハンザーさんはスウェーデン・ミュージックやポーラー・ミュージックで活動を続けました。
1987年には自身の会社
「ミュージック&アーティスト・サービス・ゴーレル・ハンザー」
を設立しました。
以後、ベニー・アンダーソンの活動を幅広く支え、ベニーとビヨルンによるミュージカル作品のマネジメントにも携わりました。
また長年にわたり、ABBA関連ビジネスをベニーとビヨルンの代理人として管理し続けました。
さらに、ファンクラブの記念行事などにABBAの代表として参加し、多くのファンから愛される存在でした。
2018年には、スウェーデンの音楽界への長年の貢献が認められ、「グラミス賞」で功労表彰を受けています。
*2018年6月、ゴーレルと筆者(ストックホルム、ABBA事務所にて)
家族
ゴーレル・ハンザーさんには2人のお子さんがいます。
夫はジャーナリスト兼写真家の アンダース・ハンザー さんで、ABBAの取材を通じて知り合い、1980年に結婚しました。
しかし、アンダースさんはゴーレルさんより先に亡くなっています。
追悼
ゴーレル・ハンザーさんは、ABBAの世界的成功を陰で支え続けた最重要人物のひとりでした。
彼女はマネージャーとしてだけでなく、4人のメンバーにとって家族同然の親友でもありました。
ABBAの歴史を語るとき、ゴーレル・ハンザーさんの名前は決して欠かすことができません。
ゴーレル・ハンザーさん、76歳。
心よりご冥福をお祈りいたします。




