1970年代の楽曲の中でも、今なお多くの人々に語り継がれている曲があります。それがABBAの名曲「恋のウォータールー(Waterloo)」です。
*1974年のABBAの名曲、発売から約20年後に思いもよらぬ放送禁止に
「恋のウォータールー」は、軽快で親しみやすいポップソングとしてファンに愛され、ABBAの初期を代表する大ヒット曲となりました。しかし、この曲は発売から約20年後、思いもよらない理由で放送禁止になるという、奇妙な出来事に見舞われました。
湾岸戦争中にBBCが67曲を放送禁止に
1991年、湾岸戦争が始まると、イギリスのBBCは67曲をラジオで放送しないよう自主規制を行ないました。
驚くべきことに、そのリストには音楽史に残る有名曲や、多くの人々に愛されてきた名曲が数多く含まれていました。
『ロサンゼルス・タイムズ』によれば、これらの曲は「戦争中に放送するには不適切(bad taste)」と判断されたためです。ペルシャ湾で戦闘が続く中、戦争を連想させる内容がリスナーに不快感を与える可能性があると考えられました。
「恋のウォータールー」も放送禁止に
ABBAの「恋のウォータールー」は、1815年のワーテルローの戦いでナポレオンが敗北した歴史的出来事を、恋愛における”降伏”の比喩として描いた楽曲です。
戦争そのものを歌った曲ではありませんが、「戦争」がテーマに含まれているという理由から、BBCは湾岸戦争の期間中、この曲の放送を控えることを決定しました。
放送禁止となった曲の一例
BBCが放送を控えた67曲には、「恋のウォータールー」のほかにも次のような名曲が含まれていました。
- ABBA「恋のウォータールー」
- ABBA「アンダー・アタック」
- バングルス「ウォーク・ライク・アン・エジプシャン」
- ブロンディ「アトミック」
- パット・ベネター「ラヴ・イズ・ア・バトルフィールド」
- ビートルズ「バック・イン・ザ・U.S.S.R.」
- ロッド・スチュワート「セイリング」
- フィル・コリンズ「イン・ジ・エア・トゥナイト」
- ジョン・レノン「ギヴ・ピース・ア・チャンス」
「恋のウォータールー」がABBAを世界へ
1974年、「恋のウォータールー」はユーロビジョン・ソング・コンテストで優勝し、ABBAを一躍世界的スターへ押し上げました。
この成功によって、
- ベニー・アンダーソン
- アンニ=フリード・リングスタッド
- アグネタ・フォルツコグ
- ビヨルン・ウルヴァース
の4人は国際的な人気を獲得しました。
さらに、この曲を収録したベストアルバム『ABBA Gold』は、2021年にイギリスのアルバムチャートで通算1,000週以上ランクインという歴史的記録を達成しました。
アメリカとイギリスでも大ヒット
アメリカでは、「恋のウォータールー」は1974年8月にBillboard Hot 100でトップ10入りを果たしました。
最高順位は第6位で、合計17週間チャートインしました。
一方イギリスでは、1974年に全英シングルチャート第1位を獲得し、ABBAにとって初めての全英No.1シングルとなりました。
ビヨルン・ウルヴァース「ビートルズが最大のインスピレーションだった」
2022年、Apple Music 1の番組『Deep Hidden Meaning Radio』で、ビヨルン・ウルヴァースは「恋のウォータールー」が生まれた背景について語りました。
彼は次のように話しています。
「私たちは4人とも、何よりもポップ・グループになりたいと思っていました。そしてポップ・ミュージックの言語である英語で歌いたかったのです」。
さらに続けて、
「私たちにとって最大のインスピレーションはビートルズでした。『恋のウォータールー』は純粋なポップスの伝統の中にある曲です。そして1950年代末から1960年代初頭にかけて、ブリル・ビルディングでキャロル・キングやジェリー・ゴフィンらが生み出した素晴らしいポップミュージック、そしてその流れを受け継いだビートルズの伝統に連なる作品だと思っています」。
今ではABBAを代表する名曲に
BBCによる「恋のウォータールー」の放送禁止措置はあくまで湾岸戦争中の一時的なものでした。
現在では、この出来事はABBAの歴史における少し風変わりなエピソードとして語られる程度であり、「恋のウォータールー」は論争よりもポップミュージック史に残る不朽の名曲として世界中で愛され続けています。



