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劇団四季 マンマ・ミーア! WATERLOO RADIO

『マンマ・ミーア!』ブロードウェイ初演から25年――ヒア・ウィー・ゴー・アゲイン!

2001年10月18日、『マンマ・ミーア!』はニューヨークのウィンター・ガーデン・シアターでブロードウェイ初演を迎えました。それから25年。ABBAの音楽に彩られ、恋愛、友情、家族を祝福するこの作品は、今もブロードウェイから世界へ送り出された舞台作品のなかで、ひときわ広く知られる存在です。

2015年に閉幕するまで、その上演期間は約14年に及び、ブロードウェイ史上8番目のロングラン作品となりました。世界440以上の主要都市で、6,000万人を超える観客が鑑賞しています。さらに、世界で初演を行なった都市の数が、ほかのどのミュージカルよりも多いという記録も打ち立てました。

しかし、『マンマ・ミーア!』のブロードウェイでの成功は、最初から確実視されていたわけではありません。そもそも、ブロードウェイで上演されることさえ保証されていませんでした。製作者たちは当初、米国の観客はヨーロッパの観客ほどABBAの音楽になじみがないかもしれない、と忠告されていたのです。それでも北米公演は成功を収め、ブロードウェイ進出への道を開きました。

『マンマ・ミーア!』の歩みは、1999年、ロンドンのウエストエンドで始まりました。キャサリン・ジョンソンが脚本を手がけ、ジュディ・クレイマーが製作したこのミュージカルは、ユーロビジョン・ソング・コンテストで優勝したスウェーデンの人気ポップグループ、ABBAの既存のヒット曲を軸に構成されています。クレイマーは上演に至る約10年前から、ある構想を温めていました。「ABBAの楽曲を、まったく新しい物語を彩る音楽にできないだろうか?」。

その発想によって、『マンマ・ミーア!』は従来のミュージカルとは異なる作品となりました。物語のために新たに書き下ろされた音楽ではなく、既存の楽曲を組み合わせて作る「ジュークボックス・ミュージカル」だったのです。「ダンシング・クイーン」「SOS」「ザ・ウィナー」などの曲は、すでに世に出ていました。ジョンソンに課せられたのは、登場人物とその葛藤を描き、彼らがそれらの曲を歌う必然性を生み出すことでした。この形式自体は決して新しいものではありませんでしたが、『マンマ・ミーア!』は、その可能性をかつてない規模で示しました。ABBAの既存曲を一つの舞台の物語へと紡ぎ上げ、長年のファンにも、初めてその音楽に触れる観客にも訴えかける作品にしたのです。

もともと一つのまとまった物語を語るために書かれたわけではない楽曲を使って筋書きを組み立てるには、創作上の繊細なバランス感覚が求められます。歌詞が登場人物の置かれた状況に自然になじみ、なおかつ、楽曲が物語の流れを遮るのではなく、先へと進めなければなりません。『マンマ・ミーア!』が成功しているのは、楽曲が単に耳なじみのあるメロディーを提供するだけにとどまらないからです。歌は、登場人物たちが願望、後悔、喜び、そして失恋の痛みを表現するための言葉となっています。

『マンマ・ミーア!』の物語は、美しいギリシャの島で結婚式を挙げようとしている若い女性、ソフィ・シェリダンを中心に展開します。母ドナの日記を偶然見つけたソフィは、自分を身ごもった頃、母には3人の恋人がいたことを知ります。そこで、自分の実の父親が誰なのかを突き止め、晴れの日にその人とバージンロードを歩きたいと願い、母には内緒で3人全員を結婚式に招待します。ところが、驚いたことに、3人とも島にやって来るのです。

※原文にはABBAを「1975年のユーロビジョン優勝者」とする記述がありますが、正しくは1974年です。訳文では年を省略しました。

https://www.thecrimson.com/article/2026/10/20/mamma-mia-retrospective-broadway-theater-musical-25yearanniversary/


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