スペクテラ、ユーロビジョン・ソング・コンテスト2026で“原点回帰”を果たす
Agoràによる技術制作が、世界最大級のライブ音楽放送におけるアリーナ音響の新たな基準を打ち立てる
2026年5月22日 ヴェーデマルク/ウィーン発 — ユーロビジョン・ソング・コンテスト(ESC)2026において、ホスト放送局ORFの公式オーディオサプライヤーを務めたゼンハイザーは、ウィーンのシュタットハレにこれまでで最大規模となる「Spectera(スペクテラ)」システムを導入した。そこには、まだ発売前となるSpecteraハンドヘルド送信機の製造サンプルも含まれていた。
合計4台のアクティブ・ベースステーションが、ワイヤレスマイク、インイヤーモニタリング(IEM)、制御データ用として約150のライブストリームを処理。技術制作会社Agorà(アゴラ)が手掛けた音響は、「ESC史上最高のライブサウンド」と広く評価された。
ゼンハイザーのテクニカル・アプリケーション・エンジニアリング(TAE)チームは、ヨナス・ネスビーとフォルカー・シュミットを中心に現地入りし、この広帯域システムと、それによって可能となった新しいワークフローをサポートした。
ORFは、ウィーン・シュタットハレだけでなく、街全体をESCと巨大なファンコミュニティのための壮大な会場へと変貌させた。その熱気は会場周辺全体に満ちており、技術サプライヤーたちの間にも同じ興奮が広がっていた。
フォルカー・シュミットは次のように語っている。
「期待感は常に高まり続けていました。特に、第70回ユーロビジョン・ソング・コンテストは、これまでで最も技術的に野心的な制作の一つになると約束されていたからです。ESCが放つライブテレビならではの魔法や創造性に加え、その規模と複雑さは、業界にとって最新かつ最高の技術を持ち込む、そしてしばしば初公開する絶好の機会でもあります。それは私たちがSpecteraをウィーンに持ち込んだことだけではなく、映像、照明、レーザーチームなど、あらゆる分野に言えることです」。
アゴラのESCプロジェクトリーダー、ヴァレリオ・モッタはこう述べた。
「ユーロビジョンは、スピード感があり、ダイナミックで、極めて要求水準の高い制作です。すべてが正常に動作している限り、現場は落ち着いて見えます。そして、ゼンハイザーがこのような繊細なプロジェクトに関わってくれたことで、オーディオチーム全体が支えられ、自信を持つことができました。仮に問題が発生したとしても――実際には何も起こりませんでしたが――メーカーのサポートが最善の形で解決を助けてくれると、全員が理解していました」。
*ESCにおいて、ORFのヘッド・オブ・サウンドであるゲルハルト・ヤンサと、アゴラのプロジェクトリーダー、ヴァレリオ・モッタは、ウィーン・シュタットハレを、光、レーザービーム、そしてサウンドが一体となった圧巻のエネルギー空間へと変貌させた。(写真提供:ORF)
モッタはさらに続けた。
「今回の成果には、いくつかの要素が見事に組み合わさっていたと思います。PAシステムからの優れたサウンド、卓越した信号フロー管理、そしてアーティストが耳で聴く音の素晴らしいクオリティです。イベント期間中、アーティストから一件も苦情がなかったという事実は、彼らが体験したモニタリング環境の素晴らしさを物語っています。
このように要求の厳しい制作環境でSpecteraを使用し、これほど大規模なワークフローに統合できたことは、技術面だけでなく、運用の柔軟性や信号管理の観点からも非常に興味深いものでした。信頼性とスピードが不可欠な制作現場では、複雑さを簡素化するツールが大きな違いを生み出します」。
*右側:アゴラのESCプロジェクトリーダー、ヴァレリオ・モッタ。(写真提供:ORF)
サウンドルーム内部
舞台裏では、技術スタッフ、アーティスト、放送関係者たちが数週間にわたり休みなく作業を続け、この壮大なショーの細部を徹底的に調整していた。
シュタットハレのサウンドルームは、ヘッド・オブ・サウンドのゲルハルト・ヤンサの指揮のもと、マイク音声、IEM音声、アーティスト用音声準備、そして中継車(OBバン)への音声配信を担当していた。
イベント全体において最重要視されたのはフェイルセーフ運用である。その一例として、サウンドルームには、それぞれオペレーターが付いた2系統の独立したミキシングデスクが設置されていた。
*フェイルセーフ運用はESCにおいて極めて重要だった ―― これは2系統用意された独立モニターコンソールのうちの1台。
同じ“フェイルセーフ”思想は、使用された6台のSpecteraベースステーションにも反映されていた。4台はオーディオと制御データ用としてアクティブに稼働し、それぞれ1つのRFチャンネルで動作。さらに1台は24時間365日スペクトラムスキャン専用として使用されたが、すべてのアンテナと接続済みだったため、即座に予備機としても機能できる状態にあった。そして6台目は完全なバックアップユニットとして待機していた。
*ラックマウントされた6台のSpecteraベースステーションがサウンドルームで稼働しており、そのうち4台が運用中、1台はスキャン専用、そして6台目は予備機として待機していた。
シュミットは次のように振り返る。
「ORFからの要求は、とてもシンプルで短いものでした。『会場全体をカバーしてほしい』ということです。
まず、各ベースステーションに対し、ステージ右側とグリーンルーム左側に2本ずつSpectera DADアンテナを設置しました。それだけでホール全体に十分な送受信出力を確保できました。さらに信頼性向上のため、各ベースステーションごとに追加で2本のアンテナを増設しました。
また、このイベント専用のファームウェア・バージョンによって、現場で必要とされた今後の新機能――例えばレベルレコーダーなど――を一足先に試すこともできました」。
サウンドルーム内のRFコントロールセンターでは、「Spectera WebUI」と「Sonorosアプリ」を用い、Specteraワイヤレスマイクおよびインイヤーシステムの状態を常時監視していた。
*サウンドルーム内のRFコントロールセンター。中央のスクリーンには「Spectera WebUI」、右側のスクリーンには「Sonorosアプリ」が表示され、すべての機器のデータ記録とオーディオ録音を行なっている。
ヨナス・ネスビーは、Specteraがもたらしたアリーナ配線の簡素化について次のように説明した。
「私たちはサウンドルームからFOH(フロント・オブ・ハウス)まで光ファイバー回線を使用し、標準的なIT用メディアコンバーターで銅線へ戻しました。これによって、従来のワイヤレスシステムでRF-over-fibre方式を使用した際に避けられなかった妥協をすることなく、リモートアンテナの性能を最大限に引き出すことができました」。
また、アーティストが映像ウォールの裏側からステージへ登場する場面でも完全な通信環境を確保するため、ステージ後方にもSpectera DADアンテナが設置された。
*テスト用として、ステージ後方に設置されたアンテナシステム。
ワイヤレスの世界を支える“ローテーション”
ESCで披露される楽曲は3分間。そして、カメラに映らない場所で目まぐるしく動く大勢のステージスタッフと同様に、オーディオチームには次の出演者へ切り替えるため、わずか42秒しか与えられていなかった。
各パフォーマンスのステージ人数は最大6人。そのためチームは、
- Specteraハンドヘルド6本によるマイク・ローテーション
- インイヤー専用として動作するSpectera SEKボディパック6台によるIEMローテーション
- ヘッドセットマイクとインイヤーモニターを組み合わせたSpecteraボディパック6台による“オールイン”ローテーション
を用意した。
*TAE(テクニカル・アプリケーション・エンジニアリング)チームのヨナス・ネスビー(前列左)、ヴィンセント・ティルゲンカンプ(中央)、ゲルハルト・スピラ(前列右)、フォルカー・シュミット(後列左)、そして各国代表団のビューイングルーム用モニターを設置したノイマンのゲスト、パトリック・グレッピ(後列右)。
ヨナス・ネスビーは次のように語った。
「ハンズフリー方式を選択したアーティストには、双方向通信対応のSpecteraボディパックと、カーディオイド型のHeadmic 4を使用しました。このマイクは、PAやウインドマシンの前でも極めて優れた性能を発揮し、全体の音質向上に大きく貢献しました。
また、Specteraハンドヘルドマイクを希望したアーティスト向けには、近日発売予定のノイマンKK 105 Aカプセルを持ち込みました。これはスーパーカーディオイド型で、周囲の音源や会場音の拾い込みを抑えることができます」。
ショーの規模の大きさについて、ネスビーはさらにこう強調した。
「ユーロビジョン・ソング・コンテストほど冗長性(バックアップ)を徹底しているテレビ制作は他にありません。ほぼすべてのシステムに完全バックアップが用意されています。
実際、二重化できないものは、アーティスト本人と、その手に握られたマイクくらいです。つまり、そのマイクこそが信号チェーンにおいて最も重要な機材なのです。
SpecteraハンドヘルドSKMは、すぐに完璧なソリューションであることを証明しました。広帯域伝送による比類ないRF安定性と、マルチアンテナ機能の組み合わせにより、ORFがこのクラスのショーに試作機を投入した判断が正しかったと、制作チーム全体に確信を与えました」。
*次の出演者のために準備されたSpecteraボディパックとハンドヘルドマイク。
シュタットハレでの忙しい作業の合間にも、サウンドルームのスタッフたちは社会貢献の時間を忘れなかった。
搬入からグランドフィナーレまで、ウィーンの「聖アンナ小児病院」のための募金活動が行なわれ、ゼンハイザーも同額を寄付。さらにORFとEBUは、16人の若い患者とその家族を特別なバックステージツアーへ招待した。
ガイド役のヴィクトリアに案内され、彼らはオーストリア代表のコスモや、キプロス代表のアンティゴニと対面。他のアーティストたちからもサインやセルフィーを集めながら、特別な時間を過ごした。
*心あるクルーたち――サウンドチーム全員が、ウィーンの聖アンナ小児病院のために寄付を行なった。(写真提供:ORF)
広帯域システムの利点
シュミットは続ける。
「Specteraは、すべての人にとって作業を簡単にしてくれました。
まずアーティストたちは、非常にクリアで立体感のあるインイヤーサウンドに感銘を受けました。そして、ヘッドセットマイク使用時には、衣装の中に隠すボディパックが1台だけで済みました。
着替えスタッフも、衣装へ組み込む機器が1つだけだったことを喜んでいました。そして最後に、私たちにとっても、Specteraは重要な“ヘルスデータ”を提供してくれました」。
*オーストラリアのデルタ・グッドレムが使用した、カスタマイズ仕様のSpecteraハンドヘルドマイク。(写真提供:ORF)
シュミットはリハーサル中の出来事を振り返る。
「リハーサル中、ステージ上の出演者が『自分の声が聞こえない』と言ったことがありました。
以前なら、サウンドルームを飛び出してステージへ走り、機材の何が問題なのか確認しなければなりませんでした。
しかし今回は、Specteraソフトウェア上ですぐ問題を確認できました。連絡担当マネージャーに接続し、出演者のイヤホンを差し込んでもらっただけで解決したのです。
誰もパニックにならず、すべてが落ち着いていました。それは、この制作において非常に心強い体験でした」。
さらに彼は、3回も衣装替えを行う演目について、より複雑な事例を紹介した。
「衣装変更が多い演目では、不整合がエラーの原因になる可能性があります。
以前のシステムでは、新しい衣装との相性について機器側から何のフィードバックも得られませんでした。その衣装には金属装飾が大量に付いていて、ワイヤレス技術者としては非常に神経を使いました。
しかしSpecteraでは、RF状態が悪化した瞬間を即座に確認でき、アーティストが問題に気づく前に対策を講じることができました」。
そしてシュミットはこう締めくくった。
「Specteraは、エンジニア、制作チーム、各国代表団から高い評価を受けました。その透き通るような音質、完璧なワイヤレス性能、そして卓越したRF安定性は、世界でも最も要求が厳しく、最も注目されるライブ音楽放送のひとつで見事に証明されたのです」。
*ESC優勝者のDARAは、壮大な振付に必要な自由な動きを実現するため、Headmic 4を使用してパフォーマンスを行なった。(写真提供:ORF)
Spectera、“原点”へ帰る
ゼンハイザーWMAS開発チームのヤン・ヴァーターマンとセバスチャン・ゲオルギは、SpecteraがESCで使用されたことに大きな感慨を抱いていた。
ゲオルギは語る。
「本当に特別なイベントです。そして、このシステムが初めてESCで使われるのを見ることができ、とても嬉しかったです」。
ヴァーターマンは、2014年のコペンハーゲン大会を振り返る。
「実は、2014年のコペンハーゲン大会で発生したフェージング問題がきっかけで、私はDigital 9000向けのソフトウェア修正を開発することになったのです。
会場は元造船所で、160メートル四方、しかも全面金属製でした。そんな環境では、どんなRFも正常に機能しません。通信無線も、警察無線も、公的機関のネットワークもダメでした。
私たちは特殊フィルターとアンテナ配置の最適化によって、Digital 9000を動作させました」。
そして彼は続ける。
「実際、ESCこそがSpectera誕生の地だったと言えます。あの時、私たちはフェージング問題をまったく新しい角度から解決しようと決意したのです。
従来のワイヤレスではアンテナを増設できますが、それでは本質的な問題――フェージングによるノッチや信号キャンセル――は解決できません。
私たちは、その根本原因そのものを取り除きたかったのです」。
ゲオルギはこう付け加えた。
「そして私たちは、プロオーディオ向け広帯域技術の開発へ踏み出しました。
フェージングノッチの影響を受けにくい8MHzの広帯域チャンネルを使用することが出発点でした。
しかし帯域を無駄にできないため、マイク信号の多重化方式を変える必要があり、それが“タイムスロット”という発想につながったのです。そこからすべてが動き始めました」。
*ヤン・ヴァーターマン(左)とセバスチャン・ゲオルギ、ウィーンにて。(写真提供:エイドリアン・アルマサン)
ヴァーターマンとゲオルギは、2016年1月、そのコペンハーゲンの同じ会場へWMASデモ機を持ち込んだ。
ゲオルギは笑いながら振り返る。
「アンテナ1本だけ設置したところ、ホール全体をカバーできたのです! あの時、ヨナス・ネスビーが涙ぐみそうになっているのを初めて見ました。
あの造船所は、まるでファラデーケージのような環境です。それなのに完璧なカバレッジが得られたのです」。
Spectera、フェージングと位相問題を終わらせる
ヴァーターマンは、見落とされがちなもう一つの重要な問題について語った。
「私たちが解決した第二の課題は、デジタルシステムにおける位相問題とクロック同期です。複数の信号が重なると位相が打ち消し合う問題ですね。
従来のデジタルマイクには内部クロックがあり、単純に送信を開始します。サンプルレートは同じでも、完全には同期していません。
そのため複数信号を同時出力するには、それぞれ個別変換しなければならないのです。マイクに『少し速く』『少し遅く』とは指示できませんから」。
彼は典型例を挙げた。
「例えば、放送司会者がヘッドセットマイクを装着しながら、ゲストインタビュー用にハンドヘルドマイクも持っているケースです。
司会者は、自分が既にマイクを付けていることを忘れ、ハンドヘルドにも話しかけてしまいます。
すると音響エンジニアには、ヘッドセットとハンドヘルド、2つの信号が届きます。その結果、ミキシング卓上では周波数カーブ内で打ち消しが起こるのです。
音が奇妙に位相ズレしたように聞こえ、調子外れな感じになります。エンジニアはすぐにどちらかのフェーダーを下げますが、その数秒間は“フェージング効果”が聞こえてしまいます」。
*(左から右へ)フォルカー・シュミット、セバスチャン・ゲオルギ、ヤン・ヴァーターマン。(写真提供:エイドリアン・アルマサン)
ゲオルギはさらに説明した。
「Specteraでは、TDMA技術を使うため、そもそも同期が必要でした。その結果、マイク内部クロックまで同期できるようになったのです。
これによって、音響エンジニアは位相問題を気にせず、すべてのマイクをそのままミックスできます。
これは単なる理論ではありません。私たちはデモ機を製作し、実際に5本のマイクを同時オープンした状態で検証しました。聴いていた人たちは皆、『すごい、もう位相ズレがない!』と驚いていました」。
開発者たちは最後にこう結論づけた。
「Specteraは、まさに“原点”へ帰ってきたのです。
開発はESCが抱えていたフェージング問題を解決するために始まり、2026年大会においてSpecteraは再びESCへ戻ってきました。そして、その問題を解決し、ワークフローを簡素化し、アーティストと観客の双方へ卓越した音響を届けたのです」。
ネスビーも、再びユーロビジョンに新しいゼンハイザー技術を投入できたことを誇りに思っていた。
「ゼンハイザーは1980年代にこのショーをワイヤレス化し、2013年にはDigital 9000導入によってデジタル化しました。そして今、最先端のゼンハイザーWMAS技術をSpecteraで実現しています」。
ESC 2026で使用されたゼンハイザー機材
- アクティブSpecteraベースステーション ×4(各1RFチャンネル使用)
- スキャン専用Specteraベースステーション ×1
- ノイマンKK 105 Aスーパーカーディオイドカプセル搭載 Spectera SKMハンドヘルドマイク ×46
- Spectera SEK双方向ボディパック ×101
- Headmic 4(カーディオイド)
- オーケストラおよびダンサー(オープニング/インターバル用)向け
IE 100 PROインイヤー、およびEK 2000 IEMボディパック
(終わり)
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追加のショー画像はORF経由で提供されています。
Agorà(アゴラ)について
ローマを拠点とするアゴラは、照明、音響、映像グラフィックス、リギング、構造設備などを、音楽イベント、企業イベント、スポーツイベント、大規模イベント向けにレンタル・供給・設置する大手制作会社である。
1990年にヴォルファンゴ・デ・アミーチスとヴィットリオ・デ・アミーチス兄弟によって設立された同社は、顧客重視の姿勢、高度なカスタマイズ対応、そして卓越した作業品質によって急成長を遂げ、現在ではイタリア有数、さらにヨーロッパ最大級の制作会社の一つとなっている。

















